憎しみとは

人間が「憎しみ」という感情を持つのは学習能力が高く問題解決能力に優れているからです。

「情動反応」といいますのは「過去の学習結果」を基に発生するものです。ですから、我々動物は、例えば過去に「苦痛」という体験をするならばそれに対しては「恐怖」という反応が学習されますので、次からは実際に苦痛を与えなくとも事前に回避行動を選択することができるようになります。
このように、情動反応といいますのは学習結果を基に「利益・不利益の判定」を下し、自分に与えられた状況に対して適切な行動の選択を行なうためにあります。
では、「高い所が怖い」「人前に出るのが苦手」、このようなものは主に「特定の状況」に対して学習された判定規準です。
これに対しまして、
「憎しみ」
「恋愛感情」
「執着心」
こちらには必ずや「特定の対象」というものがあります。
ですから、この場合は対象と遭遇したり、あるいはその記憶が想起されることによって脳内に過去と同様の反応が発生してしまいます。そして、このようにして再現される「不利益・不快情動」の判定結果を我々は「憎しみ」と分類しています。

このように、「憎しみ」といいますのは別に生物学的に特別な感情ということではなく、その本質は脳内で「大脳辺縁系(扁桃体)」が不利益という判定規準を学習することによって発生する情動反応です。
では、
「特定の状況に対する不利益:恐怖」
「特定の対象に対する不利益:憎しみ」
このふたつはいったい何処が違うのでしょうか。
まず、我々動物には不利益の判定に対しては必ずや「回避行動」を選択することが生得的に定められています。ですから、元々「恐怖」という感情には「逃げる」「近付かない」といった回避手段が予め与えられているわけです。ですが、ここで逃げ道を絶たれ、問題解決の手段が見当たらないという場合にはこの「脳内の秩序」が逆転してしまいます。そして、これによって選択される「攻撃行動」などは一見「接近行動」のように思われますが、飽くまでそれは「問題解決のための能動的な回避行動」に当たります。

これに対しまして、「憎しみ」という感情には逃げ道が与えられていません。もちろん、回避行動が選択されなければならないことは間違いないのですが、今現在に実際の状況と遭遇していないとしましても、自分が過去の結果に拘っている限り反応は発生してしまいます。これでは何時まで経っても逃げ出すことはできないわけです。ならば、過去の不利益を変更するということはできないのですから、この問題を解決しようとするならば未来に別の結果を手に入れてそれを報酬とする以外に手段はありません。
仮にもしここで未来に一切の選択が許されなかったとしますならば、これは構造的には「憎しみによる復讐」ではなく、「恐怖による攻撃行動」と性質は同じです。ですが、未来に問題解決という報酬が予測されるならば、この場合は脳内の秩序が逆転しているとは言えません。従いまして、果たして「復讐」とは、それは「未来の結果を予測した立派な接近行動」ということになります。

他の動物では「憎しみ」や「恋愛感情」といった複雑な学習行動はほとんど見られません。これは、このようなものが「特定の対象」を必要とする反応であり、そのためにはこれを表象化して認識する必要があるからです。中には自分に危害を加えた人間の顔を覚えていてちゃんと逃げ出す動物もいます。ですが、大概の場合は特定の人物ではなく、動物は自分の身の安全を守るために人間が嫌いになります。
このように、「憎しみ」といいますのは基本的には過去の学習結果を基に適切な行動を選択するために発生する情動反応でありますから、これそのものは生物学的利益に反するものではありません。ですが、このように過去の体験と未来の結果を対比させて複雑な問題に対処することのできるのは知能の高い動物に限られます。そして、人間といいますのは他の動物に比べてこの能力がたいへん優れています。その結果、「憎しみ」といいますのは我々人間だけに最も強く見られる「学習行動の特徴」ということになるのだと思います。

このように、我々人間が「憎しみ」という感情を持つのは学習能力が高く問題解決能力に優れているからです。
未来の結果を予測して計画行動を選択するというのは、これは即ち「理性行動」であり、高い知能を持つ我々人間の最も優れた問題解決能力であります。ですが、この場合は行動の動機に対して既に「憎しみ」という情動が発生しているわけですから、ここで100%理性的な判断を行うというのは誰にとってもたいへん困難なことです。
「復讐」といいますのは未来の利益を予測した計画行動であります。ですが、過去が清算されない限り報酬を獲得することは絶対にできません。そんなことは誰にでも理解できることなのですが、我々が過去に拘ってその問題を解決しようとする限り憎しみは必ずや生み出されてしまいます。
ですが、未来の選択肢は何も復讐だけではありませんよね。その悔しさをバネにするならば我々はより大きな未来報酬を手に入れることも可能です。そして、その未来の利益が「代理報酬」と判定されるならばわざわざ問題を解決する必要がなくなりますので、結果的には情動行動の方が抑制されたことになります。
このように、我々の脳内で大脳皮質の司る理性行動といいますのは大脳辺縁系で発生した情報反応の結果を基にそれを抑制するという役割を担っています。ならば、果たして我々人間に与えられたこの能力といいますのは、それは憎しみを抱くことではなく、「より価値の高い未来の利益」を獲得するためにあります。
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